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06/09/14 自民党とアメリカ
 自由民主党(自民党)の立党時(1955年:昭和30年)の「党の使命」や「党の政綱」という文書の中には、「現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行」するとか 「現行 憲法の自主的改正をはか」ると書かれています。

 憲法の改正は自民党の党是であります。
 総裁選挙の候補者が「憲法を『改正』する」と発言するのは当然のことです。
 しかし、彼らの言う「自主的改正」とか「独立的体制」とは、彼らの宗主国であるアメリカの要請ではないのでしょうか?

 自民党は、その誕生の時からアメリカの庇護のもとにあった、アメリカの傀儡なのです。

 自民党は結党の1950年代から60年代に、アメリカ中央情報局(CIA)から日本の左翼の運動を妨害するため等として数百万ドルにも上る資金援助を受 けてい た ことがアメリカの公文書で明らかになっています。
 1960年の社会党分裂(民主社会党の設立)は「親米」かつ「健全」な野党の出現を期待したアメリカ側からの資金援助によるものだそうです。
 このようなアメリカの行為は主権の侵害にならないのでしょうか。
 この項は「CIAが自民党に資金提供 米外交史料で明らかに」を参考にさせていただきました。

 さて、いつも紹介させていただいているアシストのビル・トッテンさんのコラム(Our World)から、「『米のため』の自民の戦略」を紹介します。  
 因みにビル・トッテンさんは日本に帰化されたそうです。(8月14日付Our World「日本人としての生活に喜び」)

◆小泉首相の虚ろな言葉
 小泉首相は8月6日、広島での平和記念式典に出席し700字余りの挨拶文を棒読みして、式典後に行われる「被爆者代表から要望を聞く会」には5年連続で出席しなかったそうで す。

 (引用)「8月6日、広島で平和記念式典が行われた。海外視察に忙しい小泉首相は昨年同様、『被爆者代表から要望を聞く会』には被爆者からの参加依頼に もかかわらず 今年もまた欠席し、式典のみ参加、『唯一の被爆国としてその経験を国際社会に語り継いでいく責任がある』という原稿を読み上げた。」

 小泉首相の外遊は51回、総運航距離は80万kmを超え地球を約20回周ったことになるそうです。さて、その費用と成果は? 

◇被爆者を避ける首相
 平和記念式典は8時から8時45分まで、小泉首相は9時40分に広島空港に到着し10時46分発の全日空機で帰京(12時28分公邸着)しています。新 聞の「首相動静」欄によるとその後の公務はなかったようです。
 こちらに小泉首相の8月6日前後の行動を朝 日新聞の「首相動静」から抜き書きしました。(06/09/28)

 少し古いですが、02年の平和記念式典に出席後、原爆養護ホームへの慰問や「恒例の「被爆者代表から要望を聞く会」には出席せず慌しく帰京したと中国新 聞の社説は書いています。

 「厚生大臣経験者だから(『聞く会』に出席しなくても)実情はよく理解している」「2年連続で平和式典に首相が参列するのは異例だ」と言っていたようで す。
 中国新聞は、首相の2年連続の参列は村山元首相も行っており、恒例となっている「聞く会」や原爆養護ホームの慰問に行かなかったことの方がよほど異例だ と書いています。
 「小泉首相の『8・6』 被爆者をなぜ避ける」(中国新聞社説 02/8/7)

◇原爆症認定訴訟判決への控訴
 前記「聞く会」に出席した川崎厚労相は、8月4日に広島地裁の「原爆症認定集団訴訟」で国の全面的な敗訴だったことについて「判決は国の主張とかなりか け離れているの は事実」であり、今後の対応については「関係省庁とも協議して慎重に進めたい」と控訴の可能性を否定しなかった。
  「『原爆症』控訴にじませる」(中国新聞 06/08/07)

 そして8月11日、5月の大阪地裁判決への控訴につづいて、広島地裁判決に対しても「地裁判決は医学や放射線学上の一般的な理解と大きく異なり、受 け入れられない」として控訴しました。
 「原爆症認定広島訴訟、国が控訴」(朝日新聞 06/08/11)

 小泉首相が「聞く会」に出席できないはずです。
 広島の平和記念式典で小泉首相は次のように挨拶文を読み上げています。

 「政府は、被爆者の方々に対して、これまで保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護施策を充実させてきました。」

 何と白々しい言葉でしょうか?この男の下品さに耐えられません。

◆軽い言葉で「非核三原則」
 (引用)「小泉首相の言葉とは裏腹に、日本の自衛隊は核兵器である劣化ウラン弾をイラクで使用している米軍を支援している。さらには原子力空母を日本に 配備させ、米 国の出撃拠点にさせようとしている。それにもかかわらず小泉首相が述べた『平和条項を順守し、非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向け て、国際社会の先頭に立ち続けることを誓います』という言葉は、ジョージ・オーウェルのいう、言葉を堕落させている政治家の最たる例である。」

 「私は、ここ広島において、本日の式典に臨み、犠牲者の御霊と広島市民の皆様の前で、今後とも、憲法の平和条項を遵守し、非核三原則を堅持し、核兵器の 廃絶と恒久平和の実現に向けて、国際社会の先頭に立ち続けることを改めてお誓い申し上げます。」(首相の「挨拶文」より)

 小泉首相の挨拶はなんと軽い言葉でしょうか?
 憲法の「平和条項」って何を指しているのでしょうか?勿論「前文と9条」でしょうね。
 憲法を変えることを総裁選の公約にしている候補者に一票を入れるという人なのに。
 何度読み返しても虚ろな言葉です。

◆何故、原爆は投下されたのか
 (引用)「1945年7月、日本が戦争を終わらせるための助けをソ連に求めたことを米国は傍受により知っていた。また天皇制維持が言及されていないとし て日本が黙殺 した同年7月26日のポツダム宣言だが、結局は天皇制は残された。武力ではなく対話という外交的な方法で米国が戦争を早く終わらそうという意思があったの であれば、7月の時点で不可能ではなかった。しかし、究極の手段である核兵器を米国は使用した。」

 アメリカは原爆投下の理由を、日本が早く降伏することで日本の犠牲者を救うためだとか言っていますが、度重なる大空襲などで瀕死の状態にあった日本にわ ざわざ2発もの原爆を投下したのは、ソビエト連邦(ソ連)の参戦前に日本を降伏させ戦後処理を優位にしようとした対ソ連戦略と、作った原爆の威力を試した 「原爆投下実験」であったのです。

 「残日録」(06/08/06)で、広島にはウラン型の原爆を投下したが、プルトニウム型原爆は空からの投下実 験をしていなかったため長崎に落としたという朝日新聞の社説を紹介しています。

 なんと軽い人の命でしょうか?
 20万人を超える人を一瞬にして焼き殺したアメリカの戦争犯罪を追求して欲しいものです。 

◆東京裁判
 (引用)「太平洋戦争で日本軍がアジア諸国で行った蛮行はさておき、原爆や空襲など米国が日本に対して行った行為を考えると、東京裁判は真の正義ではな く『勝戦国の 正義』であり、処刑は勝者によるリンチにも等しかった。問題は日本政府がこの裁判結果を合法だと認めていることである。国として裁判結果を合法と認めたの なら、戦犯がまつられる場所へは首相を含め政府の人間として働いている間は参拝するべきではないと私は思う。」

 (引用)「しかし、もし日本政府が東京裁判を合法と思っていないのであればそれを世界に伝えるべきであり、その後で首相は靖国参拝をすべきである。問題 は日本が東京 裁判を認めていないのにもかかわらず、それを国際社会に言う度胸がないこと、だからこそ小泉首相のように居直りともいえる言い訳をしながら参拝するとい う、安っぽい手段をとるのではないだろうか。」

 東京裁判を合法としているのなら、東京裁判が罪人と先の戦争の指導者たちを祀る場所に頭を垂れることは間違っています。
 是非、東京裁判の誤りを明確にして、アメリカにも無差別爆撃や原爆投下の責任を追及して欲しいものだと思います。

◆A級戦犯容疑者を祖父に持つ総裁候補者
 (引用)「A級戦犯を処刑した米国は、その後共産主義との闘いに忙しくなり、安倍晋三の祖父である岸信介などの戦争犯罪人を釈放した。今日の自民党は米 国の手により 政界に戻った彼らが築いた。当時から自民党がCIAの手先として働いていたことは米ニューヨークタイムズ紙にも書かれている。自民党が戦後一貫して米国の ための政策をとってきたことは、これからも明らかであり、東京裁判を合法ではないと米国に反論することができない理由もここにあると私はみている。」

 東条内閣の商工大臣、軍需次官(国務大臣)であった岸信介は、終戦後A級戦犯容疑者として逮捕されたが、アメリカが日本民主化政策を転換し「共産主義へ の防波堤」とするために、岸ら旧体制の人間を不起訴処分とし1948(昭和23)年12月24日に釈放した。

 岸信介以外にアメリカの対日戦略の変更により釈放されたA級戦犯容疑者たち(◇氏名▽当時の役職▽その他)
 ◇青木一男▽大東亜大臣:参議院議員▽小宮山洋子衆議院議員は孫
 ◇安倍源基▽警察(特高)官僚、内務大臣▽小林多喜二の殺害を命令した
 ◇天羽英二▽情報局総裁
 ◇安藤紀三郎▽陸軍中将、内務大臣▽国会議員
 ◇石原広一郎▽石原産業社長
 ◇岩村通世▽思想検事、司法大臣
 ◇葛生能世
 ◇児玉誉士夫▽右翼、政商、児玉機関▽後にアメリカCIA協力者になったとされる
 ◇後藤文夫▽内務大臣▽元参議院議員(法務大臣)後藤正夫は息子
 ◇笹川良一▽右翼▽日本船舶振興会会長、衆議院議員・笹川堯は二男
 ◇正力松太郎▽警察官僚、共産党第一次弾圧などを指揮▽読売新聞社主
 ◇須磨弥吉郎▽外務官僚、満州国外務局情報部長▽衆議院議員
 ◇高橋三吉▽海軍大将
 ◇多田駿▽陸軍大将
 ◇谷正之▽情報局総裁、外務大臣
 ◇寺島健▽海軍中将、逓信大臣
 ◇徳富蘇峰▽国家主義思想家、評論家
 ◇梨本宮守正王▽陸軍元帥、伊勢神宮祭主
 ◇西尾寿造▽陸軍大将、関東軍参謀長
 ◇本多熊太郎▽外交官、中国大使、ドイツ大使
 ◇真崎甚三郎▽陸軍大将

 A級戦犯容疑がかけられた後に自殺した人たち
 ◇小泉親彦▽厚生大臣、1945年9月13日連合国の取調べを拒否し割腹自殺
 ◇近衛文麿▽総理大臣、GHQからの出頭命令に従わず服毒自殺▽孫に元首相の細川護熙ら
 ◇橋田邦彦▽文部大臣、東京帝国大学学長、A級戦犯の指名を受け服毒自殺
 ◇本庄繁▽陸軍大将、関東軍司令官、GHQの逮捕令が出たことを受け割腹自殺

 何ともそうそうたる顔ぶれです。
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