09/10/30 小沢昭一「句あれば楽あり」
先日の全国農業協
同組合中央会(JA全中)の大会で、谷垣自民党総裁の挨拶にはまばらな拍手だったが、志位共産党委員長の挨拶が主要政党幹
部の中で最も拍手を集めていたそうです。
「『農業収入は補償する』『米
価は下支えする』と矢継早に打ち出すと、会場は割れんばかりの拍手に。茂木守JA全中会長
が思わず歩み寄って握手するほどだった。」(引用)
「JA全国大会、志位さんに大拍手 谷垣さんにはまばら」(朝日新聞 09/10/08)
昨日は衆議院で共産党の志位さんの代表質問がありまし
た。衆議院TVで聞きました。
道理に合った質問でした。
◇高速道路の無料化より福祉に
高速道路の無料化には1兆3000億円も金が必要だそうです。高齢者や子どもの医療費を無料化できるそうです。
もっともなことです。
◇アメリカ軍への思いやり予算の見直し
自公政権が当時に概算要求額した1919億円が、鳩山政権でも同額盛り込まれいます。
これは日米地位協定上も支払う義務もない「思いやり」予算ですから是非削ってほしいものです。
◇大企業・大資産家優遇の税制の見直しを
株取引などの所得には10%課税されているそうです。しかしアメリカでは
25%、フランスでは30%も課税されているとのこと、けしからんことです。
軍事費や大企業に「優しい」税制を変えれば消費税を上げなくてもすみます。
◇対米従属外交からの転換を
先日のアメリカ国防長官らの普天間のアメリカ軍基地に移設に関する高圧的、植民地に対するような発言、独立国として毅然とした態度をとることが重要なこ
とと思います。
俳句絡みの本をまとめて読みました。紹介します。
◆住宅顕信、松林誠「ずぶぬれて犬ころ」
岡山出身で夭折した自由律の俳人・住宅顕信(すみたく・けんしん)の句に松林誠さんの版画のコラボレーションの一冊。
◇だんだんさむくなる夜の黒い電話機
◆香山リカ「いつかまた会える―顕信:人生を駆け抜けた詩人」
精神科医でテレビなどへの露出も多い香山リカさんが前述の住宅顕信について書かれて本です。
香山さんは「私の人生っていったい何だろう。私には、生きる価値や意味があるだろうか」という個人的な問いと、「どうして今の若者の中には、私と同じよ
うな悩みを持っている人が、こんなにたくさんいるのだろうか」という社会的な疑問があったそうです。
そんな時に知ったのが住宅顕信だった。
顕信は、岡山市で1961(昭和36)年生れ、中学を卒業すると料理人になると調理師学校に進み、調理師学校卒業後は岡山市の臨時職員として働き、西本
願寺派の僧侶となります。同時に同棲していた女性と結婚します。
84年急性骨髄性白血病を発病、長男誕生、離婚、病院内で長男を育てる。この頃、自由律俳句の結社「層雲」の誌友となり作句をはじめる。87年2月、享
年25歳で亡くなる。俳句を作ったのはわずか3年でした。死後、句友らの手で句集「未完成」が発刊されています。
香山さんは尾崎豊、金子みすゞや顕信の人生の中に自分の疑問の答えさがしをされます。
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私自身の「なにもいいことはないさ」という思いは、顕信との出会いでも完全に消えたわけではない。いくら顕信を知っても、ひとり暮らしが淋しいのも愛し
てくれる人がいないのがむなしいのも、変わりはしない。
それでも、顕信の作品と人生は、二重の意味でこんな私にこんな私に大きな慰めを与えてくれた。
まず、その作品は「私と似たような思いの人がいるじゃないか」というなぐさめを。
それから、その人生は「生きているあいだに自分の力で答えを出さなくたって、いいじゃないか」というなぐさめを。
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◆小沢昭一「句あれば楽あり」
東京やなぎ句会の同人・小沢昭一さんのユーモアあふれる俳句話です。「俳句朝日」(1995年5・6月号〜96年12月号)に連載されたものです。
これからが丸儲けぞよ娑婆遊び(一茶)
東京やなぎ句会の活躍?を紹介しながら、遊びの精神で俳句を楽しまれている様子が書かれています。
◇同人
多彩、多才な同人です。
入船亭扇橋[落語家]:光石(宗匠)
永六輔[エッセイスト]:六丁目
江國滋[エッセイスト]:滋酔郎
大西信行[劇作家]:獏十
小沢昭一[俳優]:変哲
桂米朝[落語家]:八十八
加藤武[俳優]:阿吽
神吉拓郎[作家]:尊鬼
永井啓夫[大学教授]:余沙
三田純市[劇作家]:道頓
柳家小三治[落語家]:土茶
矢野誠一[評論家]:徳三郎
※物故者を含む
◇九条
東京やなぎ句会の会則の九条は、
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第九条、第三項 以下に該当するものは即刻除名する。
@会則に違反した者
A書記嬢に手を出した者
B句友の女に手を出した者
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だそうです。
◇句会
にぎやかな句会の様子が紹介されています。
親しい仲間との話が目的で句会は二次会の様相です。
誰かが句想を練っているとわざと話しかけて妨害、その話に生返事しながら自身は句を練っているという具合だそうです。
なお、俳句を清記される書記役は美人の女性だそうで、九条三のA項があるのですね。
◇吟行
東京ななぎ句会の吟行は、各地でのトークショーを兼ねていて多芸な方々の稼ぎながらの吟
行とはうらやましいことです。
滝廉太郎作曲の「荒城の月」ゆかりの岡城址で有名な大分県竹田への吟行はこんな具合だそうです。
羽田空港に集合
↓
熊本空港
↓
バスにて竹田へ(途中、高菜めしとご汁で昼食)
↓
岡城址散策
↓
トークショー
↓(泊)
句会
↓
帰京
吟行句を紹介します。
生き方も草笛もまた不器用で(六丁目)
草笛を友は昔の顔で吹く(獏十)
万緑の万それぞれの青さかな(変哲)
馬小屋のありしあたりや柿の花(余沙)
吹く人の心うつして草の笛(土茶)
城址になんにもなくて風薫る(滋酔郎)
水の音して石垣の町薄暑(徳三郎)
ほの暗き竹田の土蔵竹の秋(光石)
◇上達の秘訣
波多野爽波さんは俳句上達の極意を「どしどし書きどしどし捨てる」と言われているそうです。1日10句を葉書で句友とやり取りを100
日間続けられた俳人のことを聞いたことがあります。1000句とは凄い量です。
小沢昭一さんは一日一句を心がけておられるそうです。私も粗製濫造そのものですが1年6ヶ月ほど1日1句を続けていますが秀句と呼べるものは皆無です。
一人で作っている限界でしょう。
飯田龍太さんが「俳句の楽しみ」の中で、早くうまくなる秘訣はと聞かれて「まず一年間、三百六十五日、毎日一句ずつお作りなさ
い。三百六十五日目にはきっといい俳人になっている筈です」と答えておられることを紹介されています。
ただし、たくさんできたときも書き残すのは1句とすることで自選力をつけるようにすること書かれているそうです。
納得です。
自選は駄句は駄句なりに難しいものです。
現代俳句協会のインターネット句会に毎月5句を投句して
いますが、30句から5句を選ぶのに一苦労します。また1000句ほどの投句から5句を互選するのは結構勉強になります。
◇著名人の句
俳句が本業ではない著名な方の句も紹介されていました。その中からいく人かを。
▽夏目漱石
ちとやすめ張子の虎も春の雨
▽岩城宏之さん
パラソルの色に恋して恋になる(蕪季)
▽和田誠さん
夢の中母若くして日傘かな(独鈷)
▽岸田今日子さん
さしかけるともなくかしぐ日傘かな(眠女)
▽富士真奈美さん
パラソルののけ反って見るキリンの眼(衾去)
▽中村伸郎さん
迷惑をかけずに生きて冬日和
▽藤波孝生さん
控え目に生くる幸せ根深汁
▽徳川夢声さん
成る南瓜成らぬ南瓜の葉の繁り(夢諦軒)
▽渥美清さん
土筆これからどうするひとりぽつんと(風天)
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