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10/02/19 佐野洋「胸の遊び」

 一昨日あたりの夕 刻、西の空に傾く上弦の月は赤みがかっていて不気味で悪いことの予兆かと思わせるほどでした。そんな中、仕事帰りに1ヶ月振りに大阪梅田に出ていつもの バーに顔を出しましたら、カウンターで時々見かけた自転車を趣味にする人の訃報を聞きました。42歳だったそうです。若い人の死は聞くだけでも辛いことで す。

 テレビに映し出されたオリンピックの応援風景に日の丸に書かれた寄せ書きを見ることがあります。「武運長久」などと書かれた日の丸に送られて戦争に狩り 出された人たちのことを思い浮かべて気分の良いものではありません。過敏すぎるのでしょうか?

 今日、紹介するの は少し色っぽい、いやエロチックな佐野洋さんの短編集「胸の遊び」を紹介します。この短編集には「新・人体物語」と副題のとおり一話ごとに違った身体の部分をテーマ にしています。

◆胸の遊び
 独身サラリーマンが自室で殺されているのが発見された。殺人現場には「P・R」と刺繍されたブラジャーが残されていた。所轄署の警部補にはそのブラ ジャーの持ち主に心当たりがあった。

◆手首の歴史
 女教師の美緒は、右手首に細い帯状に盛り上がった傷痕を持っている。その傷のことは母から幼いときにアイロンで火傷をしたのだと説明されていた。その傷 痕について中学生の頃から「美緒は自殺未遂をしたのではないか」と度々噂されてきた。
 大学を卒業して3歳までを過ごした町の私立中学校の教師となった。生徒からその傷痕について問われ「手首を切って自殺を図った痕だ」と嘘の説明をしたと ころ、生徒の一人が真似をして手首を切って自殺を図る事件が起こった。
 美緒は謝罪のために訪れた生徒宅で傷の真実を知ることになります。

◆背中の記憶
 「私」の小学生の頃、函館の親戚宅で夏休みを過ごした。近所に「横浜のおじさん」と呼ばれるが男性が帰省していて、森で獲ったクワガタを裸の背中に這わ せて競争させるレースをして見せてくれた。「誰か代わりにレース場になってくれないか」という「おじさん」の言葉に仕切りたがり屋の女の子が応えた。数日 後にその女の子が死体で発見され、「横浜のおじさん」が自殺をしたという事件があった。
 「私」は「横浜のおじさん」の性的欲望から女の子の裸を見、殺人行為にまで発展したのだろうと考えていたが。婚約者の口から意外な真相が明かされる。

◆海綿体の主張
 「海綿体」とは男性器のこと、その男性器の主張とは。
 バーのカウンターで交わされた会話、ママから「ダンスはしないのか」と訊かれて杉本は「ぼくはだめなんです。何しろ海綿体の集血能力が強いもので、すぐ に恥ずかしい現象が起きてしまうんです」と酔いにまかせて言ってしまった。おまけに自分の生殖器に「剛」と名づけているとその場限りのジョークまで言った ことを聞いていた女性客と再会し男女の関係となった。数日後、刑事が杉本の仕事場に「こちらに剛さんという人はいるか」と訪ねてきた。

◆腿(もも)の動き
 夫の部下のプレイボーイとの浮気、その浮気相手が刺されるという事件が起こった。犯人は浮気に気づいた夫ではないか?
 「腿の動き」が生々しすぎて妙な気分になる一編です。

◆尻と蟻
 ゴルフ場で社長夫人のヒップの形を褒めたことが縁で関係をもった有本を陥れようとする男の嫉妬や出世競争が生んだ社長夫人殺人事件。

◆膝の顔
 香苗は学生時代に銀座のクラブでアルバイトとして働いていた頃、客である小説家からホテルに籠もって執筆しているが退屈凌ぎに部屋に来てくれないかと誘 われて部屋に行ったことがあった。
 その小説家が香苗の住む町のホテルで殺されていた。

◆嘘つきの足
 一人住まいの女性宅に宅配便の配達人を装った男が押し入った事件の真相が刑事課長と刑事係長の二人の会話で解決されていくという凝った趣向の一編です。
 被害者の女性は防犯対策として、玄関に男物の靴を置いたり、来客時のインターフォンの応対を男性の声を録音したテープ(「はい、だあれ?」「そんなもの いらないよ」など)で撃退するなど工夫をしていました。
 ストーカーの犯罪か、犯人の目的はなにか等々、最後まで真相に迫れない、紆余曲折を経ながら進む二人の会話には思わず引き込まれます。


 この短編集は、96年から98年にわたり「小説宝石」に掲載されたものです。当時、佐野洋さんは70歳前後ですが老いてますます色っぽい小説を書かれる ものです。しかし、この短編集では性の描写が生々しくて想像をたくましくさせてしまいました。

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