10/04/05
朝日俳壇、歌壇より
権力を失った自民
党から泥舟から逃げ出すように離党が続いています。
名前を変えるだけで国民の目くらましをして票を掠め取ろうとしても所詮根っこは自民党です。しっかり中身を吟味しましょう。
昨日はサイクリング仲間に誘われて花見に出かけました。私は自転車には跨らず酒を飲むだけの参加でしたが、気の置けない人たちと一緒ですっかり気分をよ
くして量の割にはしっかり酩酊してしまいました。
年甲斐もなくだらしのないことです。今朝は自己嫌悪に陥ってしまいました。
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朝日俳壇
◇匙を手に春の闇を喰べる人(市川市・井上三七:金子兜太選)
「闇を喰べる」の意味がよく分かりませんでしたが、選者の「濃く生暖かい春の闇。それを睨んで大匙で食べている一人の男。生臭く独特の存在感」との評を
読んでそこまでイメージが膨らまなかった読み手の力不足でした。
◇学びしは失恋のみぞ卒業す(一宮市・岩田一男:金子兜太選)
失恋を学んだとは恋を学んだこと、立派な卒業です。若いとはすばらしいことです。
◇なつかしきマツダランプよ春の暮(岡山市・光畑勝弘:長
谷川櫂選)
「マツダランプ」という商標は1962年まで東芝が使っていたそうです。その東芝も「消費電力の大きい白熱電球の製造販売を12年までに止めるように」
との国の要請に応えて今年の3月で製造を終えたと報道されいました。
子どものころは電球が切れると電力会社のマークの入った電球を雑貨屋に持っていって交換してもらっていました。電球込みの電力料金だったのでしょう。
◇生き生きと墓立ってゐる彼岸かな(船橋市・笈川夜白:大串章選)
墓が生き生きと立っている風景、難しい句です。でもなぜか惹かれます。
◇芽起しの雨とは細く細く降る(姫路市・黒田千賀子:稲畑
汀子選)
春の雨を「芽起しの雨」ともいうそうです。しとしと降る
雨は鬱陶しいものだと思っていましたが、この雨が木々の芽を「春だそろそろ起きろ」と呼びかけているのだと思うと春の雨も捨て名物でたものではありませ
ん。
◆朝日歌壇
◇蚕飼いやせ畑耕す祖父母居し廃屋なりし在所は恋し(飯田
市・草田礼子:馬場あき子選)
山間部だけでなく私の住む都市近郊にも主を失った廃屋を見かけます。落ちた屋根の下では夫婦がいて子を生し賑やかな声がしていた時代もあったことでしょ
う。
◇アナログとテレビ画面に表示あり地デジ買わぬと非国民みたい(阿南市・西田晴彦:佐佐木幸綱選)
我が家のテレビにも「アナログ」の表示が出されています。この歌のように私も国策に協力しない非国民です。俳壇のマツダランプの句では白熱電球から高価
な蛍光灯や発光ダイオード照明に変えなさいと国の方針です。電気メーカの儲けに協力する気はありません。
◇バレンタインのチョコを頬張り雛僧は托鉢へ発つ涅槃会の朝(東根市・庄司天明:高野公彦選)
難しい言葉が今週もいくつか詠まれていました。この雛僧は「すうそう」と読んで幼い小僧を指すそうです。
味噌のコマーシャルの子どものような小僧さんが法衣をを着てチョコを頬張りながら父の後ろから托鉢に出かけて行く図、ほほえましいことです。
◇ふれあえばかなしふれあわねばさみしゆきあい橋にはるのゆきふる(福島市・美原凍子:高野公彦選)
美原さんの歌は優しくリ
ズム感があって好きです。この歌を読んで藤沢周平さんの橋での出会いや別れを題材にした短編集「橋ものがたり」を思い出し
また読んでみたくなりました。
◇神様に借りたるものをひとつずつ返すことなり老いるというは(大和市・水口伸生:永田和宏選)
神様からの借り物とは思いませんが、人に与えてもらったものを一つずつ返して行くことのような気がしています。
俳壇にも老いていくことを詠んだ下記の句がありました。
うららかやぞろぞろ入る老の門(津山市・妹尾武志:長谷川櫂選)
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