06/03/10 上野
正彦「死体は語る」
上野正彦さんは元東京都監察医務院長を
されていたお医者さんです。
お医者さんといっても生きた患者を診ないで、死体ばかりを見てこられたそうです。扱われた解剖が5000体、検死が15000体、合わせて20000体
の
死体を見てこられたそうです。
今回はその上野正彦さんが一般向けに書かれた最初に本・「死体は語る」を紹介
します。
「死体は語る」は文庫にもなっており、一度読んだことがありますが、今回古書店の書棚に見つけて改めて読み直しました。
◆腹上死
腹上死という言葉をご存知でしょうか?
男女の性行為中の死亡をさす言葉です。
世界最古の法医学書と言われている中国の「洗冤録(せんえんろく)」に作過死(ツオグオス)という項目があって次のように書かれているそうです。
「凡男子作過太多精気耗尽脱死於婦人身上者。真偽不可不察真則陽不衰偽者則痿」
上野さんの解説は
「およそ男子の性行為が過度になると、精気をことごとく使い果たし、婦人の身の上で死亡することがある。真か偽か見分けられないことはない。真の場合
(腹上死)はペニスは衰えず勃起しているが偽りの場合はすなわち萎縮している」
台湾では、性交中の死亡を「上馬風(シャンペホン)」、性交後の死亡を「下馬風(エバホン)」と区別しているそうです。そして総合的に日本語の腹上死に
あたる言葉は「色風(シェクホン)」というそうです。
色っぽいですね。
さて「洗冤録」という本は1247年に宗慈の著作だそうです。
「洗冤録」をGoogleで検索してみると、中国のテレビドラマ「大宋提刑官」というのが引っかかりました。「洗冤録」の著者・宗慈をモデルにしたドラ
マのようです。
また、私たちの子供の頃は「スポーツをする時に水を飲んではいけない」といわれたものですが、この説は「洗冤録」によるものだそうです。「洗冤録」の日
本語訳「中国の死体観察学」という
本に書いてあるそうです。
「男と女の悲しい死体 監察医は見た」の出版
時の少々色っぽいインタビューがこちらにあります。
◆死亡時刻
人の死亡時刻が重要な意味を持つときがあります。
男性が朝に死亡した。付き添っていた内妻が主治医に死亡時刻を夕方にして欲しいと懇願した。主治医はわけも聞かずに死亡時刻を夕方にしてくれた。
内妻は早速婚姻届を出し亡くなった男性の遺産を相続した。と、うまくはいかず他の親族から朝に死んだはずだと騒ぎ出して遺産相続は未遂に終わったそうで
す。
交通事故で一家が死亡した事件で、親族が自分に有利な人の死を遅らせ最期に死んだように見せるような事件があったそうです。
例えば夫婦と子どもが死亡した場合、妻が最期まで生きていたとすれば遺産は妻の係累に相続されることになりますね。
故意に死亡時刻をずらさなくても、飛行機事故などの場合、死亡した家族の死亡事故を個々に特定することは困難です。そんなことから今では一つの事故で死
亡事故が起こった場合には多少の死亡時刻の違いがあっても同時に死亡したとすることになったそうです。
この章で私が気になったのは「時間」と「時刻」の違いです。原書では「死亡時間」とか書かれていますが、違和感があってわたしは「死亡時刻」と書いてい
ます。
時間は瞬間と瞬間の間の長さ、時刻は時の流れの瞬間だと思っていたのですが、「時間」にも瞬間の意味があるようです。
(Yahooの辞書・大辞泉によりました)
◆老人の自殺
老人が自殺した場合に家族は病苦を理由にすることが多いが、家族の中で疎外された老人が死を選んだとしても統計上は「病苦が原因」となってしまう。
「家族と同居の老人こそ、最も幸せのように思えたが、必ずしもそうではなかった。一人暮らしであるから寂しくて孤独であるというものでもない。独り暮ら
しは自分の城を持ち、訪れる身内や近所の人たちと交際し、それなりに豊かさを持っている。
むしろ同居の中で、信頼する身内から理解されず、冷たく疎外されていることのわびしさが、老人にとって耐えられない孤独であり、それが自殺の動機になっ
ているいることを見過ごすことはできない。」
身につまされる問題です。
◆監察医務院制度
監察医務院制度の設置されている都市で、死因が明確でない死体が届けられると監察医が検死を行い、死因が明確になれば遺族に引き渡され、死因が明確にな
らない場合は行政解剖が行われる。
監察医務院の制度のないところでは、行政解剖をするために遺族の承諾が必要になるそうです。
1947(昭和22)年に、監察医制度が制定が制定され、東京、横浜、名古屋、大阪、京都、神戸、福岡の7箇所に監察医務院が設置されました。京都、
福岡は1985年に廃止されていますので、現在観察医務院が設置されているのは東京、横浜、名古屋、大阪、神戸の5年だけでです。
監察医制度のない地域では、病死か? 事故しか? はたまた犯罪か? 充分に死因を解明されない死体も多くありそうです。
推理小説に、監察医務院制度のない地域で殺人事件に死体を遺棄するような話があったような気がします。
現代では保険金目当てに、東南アジアの国で人を殺すような事件が時々報道されています。警察の捜査力の弱い地域で犯罪を犯すのは同じような発想なのです
ね。
「死者にも人権がある」と、全国に監察医務院制度を広げるべきだ上野さんもいわれています。
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