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10/08/05 向田邦子「蛇蝎のごとく」

 暑いですね。蝉時 雨が止むことはありません。

◆空きカン内閣
 週刊ポストの命名のようですが、菅内閣のことを「中身は空っぽだが、蹴飛ばすと大きな音を立てて遠くまで飛ぶ」から「空きカン内閣」と呼ぶそうです。

 ラジオを聴いていたら、最近の子どもは缶蹴りをしなくなったと報じていました。「缶けりは昔の遊び? 小学生の75%未経験」(共同通信 10/08/05)
 首相が空きカンでは、畏れ多くていくら空っぽでも首相の頭は蹴れないでしょう。

◆人間の尊厳
 東京都内で高齢者が30数年前に亡くなっていたことを行政が知らずにいたこと、また年金が支払われていたことを受けて、長妻厚労相が「110歳以上の方 々のうち、年金受給者の方、その方お一人、お一人全員をどういう状態になっているのか、市町村を通じて確認する」といったそうです。「『110歳以上の所在を今月中確認』長妻大臣が表明」(テレビ朝日 10/08/03)

 厚生労働大臣は支払われるカネ(年金)のことしか頭にないのでしょうか?国民のイノチに責任を持つ大臣としての見識を疑います。
 子どもや年寄りを大事にしないこの国の病巣の現われのような気がしてなりません。

 全国で高齢者の所在確認が行われているようです。所在不明の100歳以上の高齢者は少なくとも57人(19時30分現在)で、今後さらに増える可能性が あるとのことです。「所在不明の高齢者は57人に」(NHK 10/08/05 17:30)
 高齢者だけの問題でなく、自国民の所在、生死の安否が分からないとは国の体をなしていないというこの一端のような気がします。

◆なぜ、ツアーで登山
 昨年7月北海道のトムラウシでツアー登山の客ら18人が遭難し、8人が死んだ事故当時、なぜ営利会社が主催するツアー登山に命を預けるのだろうと書きま したが、今年もまた北海道のヌカビラ岳でツアー登山の客ら12人が遭難しています。幸い全員無事でした。
 なぜ、自分たちの力で登れない山に行くのでしょうか?参加者には分別のある中高年者が多いそうです。
 登山は観光地を巡る旅行とは違うことが分かっていないのでしょうか?


  向田邦子さんの「蛇蠍のごとく」を紹介します。正確には1981年に向田邦子さんの脚本で放送されたドラマ(NHK)の放送台 本を元に中野玲子さんが小説化(文春文庫オリジナル)したものを読みました。

 古田修司は52歳のサラリーマン、都内に親の代からの家に住み、妻のかね子とタウン誌の編集部に勤める娘・塩子(しおこ)、大学生の息子・高(たかし) の4人家族、小さな波 風はあるものの家庭を揺るがすような大事件もない平々凡々とした暮らしを送っていた。
 そんな家庭に起こった「大事件」が少しコメディタッチで描かれています。

 修司は職場で目立たない部下の睦子の身上相談に乗ってから、今まで一度も浮気などしたことのなかったのに浮気願望(妄想)が頭をもたげてきた。そんな 時、塩子が妻子ある男と同棲の準備をしていることが発覚してんやわんやの騒動が始まります。
 塩子の相手の石沢とその妻・環、塩子と石沢の仲を取り持つ居酒屋の夫婦・庄治と須江、塩子の同僚・ミナミ、塩子を陰ながら愛している佐久間などが絡んで 話が進みます。
 堅物の修司とプレイボーイの石沢のやり取りや、二人の間に「友情」が芽生えてくる様子が可笑しくもあり、哀しいストーリーです。

◆夕刊のおかげ
 塩子との逢瀬が実現しなかった石沢がやりきれない気持ちで帰宅すると、妻の環に散々嫌味を言われて夕刊に顔を隠すと「夕刊てのは、ずいぶん、人助け、 してるなあ」「夕刊のおかげで、ずいぶん沢山の男が、顔、隠すこと、出来るじゃない」と言われてしまう。
 確かに男は自分に都合の悪い時には逃げ場所、隠れ場所を探して穴倉に篭ろうとするものです。

◆あっちも本当、こっちも本当
 塩子との関係を修司に責め立てられて石沢は下記のように言います。
 「お父さん。理屈に合わないもんなんですよ。人間の気持ちってやつはね。あっちも本当こっちも本当」
 「本当の気持ちはひとつっきゃないってほうが、オレ、不自然だと思うけどね。ウソつきだと思うけどね」

 分かります。
 あれも好き、これも好きってことが、少なくとも私の場合はありました。

 睦子が「退職願」を提出した日、修司は睦子を食事に誘った。
 「わたしの気持ちからいうと、やめさせたくないね」
 「ところが、やめてもらったほうがいいという気持ちもあるんだ」
 「この頃、バカに君がキレイに見えてきてねえ、このままいくと、久米の仙人じゃないけど、雲の上から落っこちるじゃないか−−なんてねえ」
 「やめさせたくない、やめてもらいたい−−人間の気持ちってやつはあっちも本当、こっちも本当。それが正直なとこなんだねえ」

 石沢に言われたことを言っていると苦笑する修司でした。

◆佐久間の純情
 佐久間の登場する場面はそんなに多くありませんが、この青年の修司や石沢のオトナにない純情が清々しいアクセントでした。
 佐久間は修司の会社に勤めていて、一時塩子と付き合っていたことがある。修司の目には「二流会社に勤める二流の男で、さえなくて、礼儀知らずで、頼りな く、塩子の相手には相応しくない」と軽んじていた。

 その佐久間が石沢の子を堕胎した塩子を連れ古田家に帰ったときに。
 「お詫びに来ました」
 「ぼく、いいかげんなこと、いっちまって・・・塩子さんのアレ、ウソだったんですよ。オレ、この人にかつがれたんだ。想像妊娠だったんですよ」
 「そうです。子供なんかできていなかったんだ」
 「違うは・・・」と言う塩子の言葉を遮って、
 「今、病院へ行ったら、想像妊娠だといわれたんです」
 「想像妊娠!」「想像妊娠だよ」と必死の形相で叫ぶ佐久間でした。

 そして、修司に向かって、
 「ぼく、三月で大阪へ転勤になります」
 「三年で東京に戻りますけど−−お父さん・・・ぜひ、寄ってください」
 「お父さん、ぜひ、寄ってください」
 修司に言っている言葉はまっすぐ塩子に向けられているのでした。


◆解説
 巻末の解説を書かれているのは1981年放送のドラマで修司役を演じた小林桂樹さんです。
 「舞台は役者のもの、映画は監督のもの、そしてテレビは脚本家のものだ」という言葉があるそうです。
 「映像というのは映画でもテレビでも同じだが、テレビはブラウン管の機能とか様々なハンデがあって、映画のように映像美に凝るといったことはなかなか難 しい。そこでテレビは会話、つまり脚本が非常に重要になってくる」と書かれています。

 向田さんとのエピソードが紹介されています。
 あるとき、撮影現場に役者たちが集まって脚本の来るのを待っていたところが「向田さんが肝臓を悪くして入院された。今日は脚本が間に合いません」と連絡 があり、撮影がないまま散会となりました。
 「これから帰る」と自宅に連絡すると、奥さんが「週刊誌に出ていたお店で食事がしたい」というので、初めてのその店で行くと、入院しているはずの向田さ んにと鉢合わせしてしまったとのこと。
 「天網恢恢疎にして漏らさず。・・・クチナシを贈ろうとしたが時期ではないので、バラの花でご勘弁ください」と意のメッセージが添えられた花が届いたそ うです。

 向田さんも遅筆だったのですね。

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